anjoe375のブログ

375、あんじょ〜のブログです。

シュタイナーとの出会い⑤

〜こころの中の常連化〜

 シュタイナーに会う決定的な要因のひとつには環境問題もありました。高校のときやっていたバンド界隈の人間に数学の教師が文化祭で環境問題に取り組んだらとふっかけて来ました。PTAも意識的に取り組んでいたようなので、学生側も何かしたらと先生サイドも考えていて、こいつらならやるんじゃないと目を付けられたようでした。

 メンバーもそういった社会的な事に興味のある奴が多かったので早速取り組見ました。表層的な部分から入ってどんどん深みにはまっていって、やっぱ江戸でしょみたいな感じで、環境問題を踏まえて江戸のライフサイクルを取る上げていたNHKのプロデューサーを父兄経由で紹介してもらったり、文化祭に合わせてPTAがCWニコルさんを招いて講演会を打ったりとかなり盛り上がってました。

 そんな中、詰めて調べていくと環境問題根本的に解決出来ないんじゃないかという考えとか、そもそも人間いるから環境問題が起こるとか、地球には20億人くらいがちょうどいいとか、とても残念な考えと出会い始めたんですね。エントロピーの法則をバックボーンにした原子力発電の批判(同時に太陽光発電などもその批判対象になるのですが、、、)などは、やっぱ原発なんてダメなシステムだということを証明することで、やっぱそうだろうとぬかよろこびもつかの間、勢い余って、現在のテクノロジーを土台に培っている私たちの世界自体の大きなアンチテーゼとなって、私に前に"はてしない物語"の虚無のようにはだかりました。

 そしてすごい反発があったのは、そういうことを研究して知ったのなら、じゃあ何ができる?じゃあこれに取り組もう!こういう仕事しよう!!みたいなところとっても少なく、何かライブ感に欠けるというか、危機を煽るって悦に浸るような感じが、こちらも勢い余っちゃう高校生でしたので極端に残念がってました。なのでシュタイナーと並行してこの後、オルタナティヴな科学、ニューサイエンスやニューエイジの黄昏時期だったのですが、シュタイナーこれだっ!って確信持つまでは並行してこの分野の本も結構読みました。

 高校2年から引き続き3年でも文化祭で環境問題に取り組んだのですが、環境問題を研究する方向に進もうとかそういう気持ちはどんどん失せていて、そういった研究とか調べる人たちの醸し出すものより、好きだったミュージシャンが全身で表現するそういった姿の方に全然こころが惹かれていました。科学のような客観的なものの見方から現実を見出したかった年頃に客観的な科学が提供する死んだ思想、考え。完璧じゃなくても、客観的に見て穴があることでも、その人本人から発されるもの。こっちに未来があると舵を切り、切ったものの人生の路頭に迷うんですけどね。現世マジョリティー批判=ドロップアウトですので。

 そんなタイミングでシュタイナーと出会ってました。ちょっとオカルトっぽいんじゃない?けどすごい教育の話は目が鱗じゃん。このシュタイナーって人は何者???

 音楽に夢中、彼女も大募集中、高校卒業したらどおする?みたいな高校3年生の騒がしいこころの中に、ドイツ人っぽい人の名前が常連になり始めた高校3年の秋でした。

それではまた明日。
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